夜、何気なしに携帯電話を触っていた。携帯電話のアドレス帳を見てると死んだ和也の携帯番号が残っている。和也が死んで1年位たっただろうか。
掛けてみようか和也の携帯番号に。こわいな。出たらどうしよう。おそるおそる掛けてみた。プルルルル、プルルルル、ガチャ。
「和也です。優ちゃんか久しぶりだな」
「えっ和也、本当に和也なの、なんでお前出てくるの、1年前に死んだじゃないか」
「そうなんだ。死んだんだけど死にきれないんだ」
「何言ってるんだよ、びっくりするよ。死にきれないってどういうことだよ」
「やることが残ってるんだよ。」
「えっ、何言ってるんだよ。やることって何?」
「また会えるといいな。それじゃ切るね」
「えっ、ちょっと待ってよ」
しかし、そう言い残して和也はガチャっと電話を切った。掛け直そうかと思ったが怖くて掛け直せない。
和也は自分の部屋で首を吊っていたそうだ。遺書は残していなかったらしい。
誰かのいたずらだろうか?怖くて心臓がバクバクいうのをこらえ、再び和也の携帯の番号に掛けてみた。
「この電話番号は現在使われておりません」
えっ、使われてない。もう一度掛け直したが同じく使われてないという音声だ。
和也は大学時代の友人だ。僕は大学を卒業して就職したけど、和也は大学院に進学した。江戸時代の文学に興味があって、それらを研究したかったそうだ。
しかし、時々会うと、
「大学院という世界は知的な感じがするが、すごく精神レベルの低い幼稚な世界だ」
「すべてとは言わないけど世間知らずで、精神レベルの低い人が上に立ってのさばっている。もちろんまともな方もいるんだけど」
と言っていた。相当苦労しているのは表情を見ればわかった。
興味のない僕にはまったくわからない世界だ。博士号を取りたいと考えていたらしい。担当は片山という中年のおばさん教諭で、大学院のホームページに出ていたその意地わるそうな顔は、その性格を物語っていた。
「大学院のゼミの教諭と学生はご主人様と奴隷だ。まともな人間じゃない人が自身のゼミの担当教諭になったら、もう手に負えない」
「文系の論文なんていいも悪いも評価する者の主観だ。評価する者がいいといえばいいし、ダメだといえばダメということなんだ」とも。
和也はその教諭に相当意地悪をされていたらしい。他のゼミ生の論文は通して、和也の論文だけ何度もダメ出しをされていた。同学年で和也一人だけ進級できなかった。
「あのおばさんバカだよな。博士あきらめて、大学院やめたらなんの主従関係もなくなるのに」
亡くなるちょっと前に最後に会ったときに、思いつめた表情でこんなことを言った。
最初は何言っているのか意味がわからなかった。でも後で本当にその通りだとは思った。死んだ和也から電話があった後、しばらくして片山教諭が行方不明になった。それからもう6カ月経過したか・・・。
そういえばやることが残っているって言っていたものな。
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